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左大臣助平(スケヒラ)の悩み「尻沢家騒動記」

  助平にとって一応青春時代と言える時期、それは昭和の五十年前後であろうか。その頃の彼は誠にもって不埒なる振る舞い三昧を過した時代である。 その不埒仲間の1人に、尻沢という男あり。いまだに助平との腐れ縁は続いておるが、表面上は誠におとなしく、一応良きオヤジを演じておるようだ。

もっとも彼がそれを演じなければならないその大きな理由は、言うまでもなく妻の存在である。

妻の名は『ヘト子』と言い、ほとんどの者はその名を聞いた途端、体の力が抜け、彼女に逆らう気力が失せてしまうのも、無理からぬことであろう。

その名を付けた名付け親の顔が見たいものだと思えど、ご当人は最早この世に存在しないとか。

 年が明けたと思う間もなく早節分。しかし例年にない冷え込みに、助平、豆撒く気力全く無く、股引き・どてらでコタツにもぐり、寝床に湯たんぽ欠かさず持ち込み、最早立派なジジーの振る舞い板に付く今日この頃。

斯様な姿、助平のみならず、尻沢氏とて全く同様であるが、尻沢家の不運はほんの些細なことから、思わぬ形でやってきた。

 助平、相も変らずコタツで猫とじゃれ合っていると、尻沢氏から直ちに来てくれと電話で呼び出され、「どーした、こーした」と言う間も与えずガチャリ。

仕方なく重い腰上げ尻沢家に出向いてみれば、夫婦互いに睨み合いの真っ最中。

一体何事であるのかと、よくよく聞けば、夜中にドロボーが入ったとのこと。

家族皆、2階でイビキ合戦の真っ最中に、鍵掛け忘れの1階出窓から、ドロボーさんの来訪を受けたそうな。

昨夜は夫婦共々、大した仕事をしておる訳ではないのに、何故か「あー疲れた」の言葉と共にさっさと就寝。娘はお勉強と称して夜中迄テレビ鑑賞し、その後2階でバッタンキュー。

翌朝目覚めたヘト子殿、朝餉の支度にかかろうと階下に降り、何気なく玄関付近に目をやれば、土間に転がる夫婦のバッグが夫々1つ。

「何これ!」
と取り上げ、よく見れば中は空。夫のそれは切られてパックリ無残に口を開け、彼女ビックリ仰天腰抜かし。
「キャー、オトーサン、たったっ大変」と、尻沢氏叩き起こされ、間もなく当然ながら一家を挙げての大騒動。

盗られた物は現金のみ。物品には一切手を付けず、一見これぞ正しくプロの仕業と思えぬこともない。

 ところで尻沢氏のバッグはガラにもなくワニ皮製。しかも数字合わせ錠付のそこそこ上物である。

家に居る時はロックを外しておけばよいものを、中を女房に見られると不都合あるのか、しっかりロックしておいたのが不運であった。

ドロボーさん、所持したるナイフでバッグを切り裂き中身を出したが、これまた彼も不運なことに出てきた中身は、予定欄がほとんど空白の手帳と、蓄膿症の薬のみ。

彼の財布はといえば、実はバッグの先に無造作に置かれ、上にティッシュを乗せていたのが幸いし無事だった。それに気付かぬとは、ドロボーさん、プロらしからぬ仕事ぶりであろうか。

しかし、財布の中身は実は少々お粗末な状態であったようだ。

次に目を付けたのが、奥方ヘト子殿のバッグ。この中にはお行儀よく財布が入っており、中身の1円玉まで綺麗さっぱり持って行ってくださったご様子。

尤も盗られた財布に伊藤博文の顔は無く、野口英世がほんの4・5枚。

これにはドロボーさんも余程がっかりしたことであろう。苦労して侵入し、獲物を見つけ、中を見ればカスばかり。

入った方が間抜けなのか、入られた方の間抜けが幸いしたのか、よく判らぬが、夫婦共々青くなったり赤くなったり。

 他に盗られた物はないかと、家中の様子を見て回りつつ、出窓を見れば半開き。その様子を見た娘は慌てて110番。

尻沢氏の
「出窓の鍵掛け忘れたのは誰だ、ばかもん!」
の言葉に、
「オトーサンのオナラがあまりに臭かったので、窓開けましたけど、アタシャ間違いなく閉めましたよ。同じ物食べているのに、何故あんなに臭いオナラが出るんでしょ。ひょっとして、他所でコソコソ変なもの食べているんでしょ。」
とすかさず応酬。

「あの屁は断じて吾ではない。昔より屁は元から騒ぎ出すというではないか。従ってヘト子、あんたが粗相したんじゃないのか、他人に罪をなすりつけるのは、娘の教育上よろしく・・・」
言い終わらぬ内に、鍋やらヤカンやら手当たり次第彼の顔目掛けて飛んで来た。

娘は黙って下を向き、自分の方に風向きが変わりやしないかと、モジモジ・ソワソワ様子を窺っていたが、いよいよ危ないとばかり、猫を抱えて2階へ退散。

 助平がやって来たのは、ちょうどそんな最悪の時であった。

「やめろ、やめんか!」
と言いつつ、割って入る助平の顔にも汚れた雑巾が飛んで来る。
「何を致す!汚ないではないか」
ペッペと唾吐きながらも「少々金を盗られただけで、命はちゃんとあるではないか。」と何とかなだめすかし、少々落ち着いたところにパトカー到着。

駆けつけた刑事やら鑑識やらが、家の外やら中やらあちこちくまなく調べまくり。

その間夫婦は部屋の片隅に縮んでいたが、ふと窓から外に目をやれば、隣近所は揃って物影から、気味悪そうに不安顔でジロジロ覗き見。

ヘト子殿、堪らず
「ドロボーに入られちゃったのよ。それが憎たらしいドロボーで、オトーサンの財布に手を付けず、私のお金だけ盗ってっちゃったのよ。もっとも20万程だけど。」

その後家族全員指紋を取られ、刑事殿の聞き取り調査が始まるや、夫婦揃ってアヤフヤ返答。

刑事の
「盗られた物を全部言ってください。特に金銭はいくらでありますか。」
の質問に、
ヘト子殿まともに答えられず
「確か5千円位だったかと…」

すると刑事
「あれ!先程お隣さんに言ってた額と大分違いますな。一体幾らなんですか。正直に言ってくれないと、被害届が出せませんよ。」

「アー、はいすみません!伊藤博文さんは居ませんでした。確か野口英世さんが5人とコインが500円くらいだったかしら。ヘドモド・・・」

 結局不始末の元はうやむや。しばらく後になっても、犯人判らず仕舞いのそれっきり。

しかし、尻沢氏は切られたバッグをゴムバンドで止め、未だに持ち歩いているところを見ると、余程未練があるのか、はたまた奥方に対する意地で持ち歩いているのか、これは本人に聞いてみなければ判らないが、聞いたところで大した意味は望めないであろう。

ただ、寝る前のオシッコと戸締り確認が、尻沢氏の日課になったことは褒めてやろう。


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